東京都ラベル印刷協同組合セミナーから
特定社会保険労務士 佐藤 良道氏
「事業継承に対策が必要な本当の訳
東京都ラベル印刷協同組合では、事業継承を テーマに3回にわたるセミナーを企画して、事業 継承の課題や対策について発信している。第2回 セミナーとして10月21日に開催された特定社会保 険労務士・佐藤良道氏のセミナー「事業継承に対 策が必要な本当の訳」から、概要を紹介する。
●経営者には熟い想いと将来を見る力が必要
事業承継とは、企業のトップが変わるというこ
とです。最近の話題で、読売巨人軍の新監督に高
橋由仲氏が就任しますが、長嶋終身名誉監督が推
薦したと間いています。長嶋氏の「巨人軍は永久
に不滅です」という引退の挨拶は有名ですが、巨
人軍は不滅でも監督は変わるのです。人の命は永
遠ではありません。経営者も同じです。
事業承継について、最近では経営トップの高齢
化という流れがあります。また以前は肉親に継承
するのがほとんどでしたが、その比率が低下し、
M&Aなどで会社を売却する動きが高まっていま
す。M&Aにより従業員の雇用が守れるというこ
とがありますが、会社に売買できる価値がないと
実現しません。実際、廃業する企業が年間3万件
あり、この数字を見逃すことはできません。
信用金庫に40年、また東京都振興公社の経営相
談員として経験してきたことから、社長に求めら
れる「力」は2つあると考えます。 1つは、経営
理念やビジョンといった熱い想いですJ仕事を通
して何をしたいのか、ということを明確にしてい
くことです。会社を通じて、お客様や社会にいか
に貢献するか、社員にどのような人になってもら
いたいのかという想いを提示できるかどうかです。
2つめは、会社の将来を見つめて考える力です。
中長期的に自社の“メシの種”を考えるというこ
とです。事業承継という課題は企業にとって避け
て通れない課題ですが、この2つの力があるかど
うかを、金融機関や取引先は見ていると思います。
●社長と株主という立場がある
オーナーには会社を経営する社長の立場と、株
主であるという2つの側面があります。
“継承”について、リレーのバトンを「株」に例
えることがよくあります。つまり、バトンがなく
ても走ることはできますが、リレーの場合、バト
ンを渡さなければ失格です。そして大企業であれ
ば、「株」と「経営権」は分離していますが、中
小企業の場合は経営者が「株」を持つオーナー経
営が大半です。「株]をどのくらい持っているか
が経営権を左右します。
ですから、事業承継する時には、人間の交替と、
「株」という財産の引き渡しが必要です。そこがス
ムーズに渡すことができないと、うまく経営がま
わらなくなり、結果的には困ったことになると思
います。
「株」の渡し方には3つあります。 1つは生前
に後継者に譲る方法です。2つめは、「株」を後継
者に売買する方法、3つめは親族のみに該当する
話ですが相続する方法です。いずれにしても「株」
を次へ渡すためには、その価値がどれくらいある
のかを知っておくことがスムーズな継承には必要
です。
かつて、会社創設には最低資本金が必要でした
から、古い会社だと資本金は最低ラインの1,000
万円という企業も多いと思います。しかし、実際
に自社株の価値は、現在、どのくらいになってい
るかを知らない方も多いようです。資本金の
1、000万円がそのままということはありません。
バランスシートで自社の現状をみていくと、「資
産」「負債」「純資産」とあるわけです。自社の価
値について見過ごしがちなのが「資産の部」です。
余分にお金があれば現金でもっているかもしれ
ませんが、それを銀行に預金しているかもしれま
せん。さらに事務所や工場のための土地を購入し
ているかもしれません。土地の場合は、40年、50
年前に購入していた場合、ずいぶん価値が変わっ
ているのではないでしょうか。あるいは投資有価
証券があるかもしれません。創業間もない頃に親
戚や役員の誰かが引き受けた株が値上がりしてい
る可能性があります。または保険の積立金が大き
くなっているということも考えられます。
なお、負債の部の借入金ですが、銀行からの借
入金はあまり問題ありません。問題は、社長や役
員が個人でお金を貸している場合です。会社に貸
しているお金は個人にとって財産になりますから
相続税の対象になります。放棄することで相続財
産に含まれないということもありますが、放棄に
よって生じた受贈益には税金が掛かります。ただ
し、累積赤字を埋めることで帳消しにするという
こともあるかもしれません。
純資産に含まれる利益の剰余金についても、後々
課題が残ったりします。蓄積された利益は内部留
保とよばれます。例えば、「自分は会社と一体だ
からと報酬はいらない」と受け取らない経営者の
方がいらっしやると思います。それによって内部
留保が貯まり、ある会社では自社株が40倍の価格
になってしまったということがありました。
●値上がりした自社株への対応
自社株の値段を下げる方法として、①利益を抑
える、②資産を減らす、という2つの方法が考え
られます。
利益を抑えるとは、社長が辞める時、役員の退
職金を払うと内部留保が下がるので、それだけで
自社株が下がります。ただし、金額が大きいと税
務署から指摘されます。およそ社長の在職年数を
かけて、貢献倍率が2,5~3倍くらいが目安とい
われています。例えば給料50万円で20年間務めた
場合、50万円×20で1,000万円。そこにx2.5~3
で約3,000万円くらいです。
あるいは生命保険の活用です。損金計上が適用
できるものと、資産計上できるものがあります。
最近は規制が厳しく、半分を資産計上、半分を損
金計上にします。損金にすると費用で落とせるの
で税金が安くなり、節税に繋がります。
また役員の報酬が高ければ見直したり、広告宣
伝で使うという考え方もあります。
最近は、「オペレーティングリース」というもの
があります。これは、組合を組織して飛行機や船
など高い物件を購入することです。船や飛行機は、
有効期間があり、年々古くなるので、高額な金額
を減価償却費として経費として落せます。まはた
銀行からお金を借りて購入していると、利息も経
費で落とせます。ただし、飛行機などは賃すので
賃貸料が入ってきたり、最後の処分時に売却益が
でる可能性があるので、そうなると高くなってし
まうかもしれませんが、こういう方法もあるとい
うことです。
一方、資産を減らすとは、まず不良偵権の処分
です。例えば貸し倒れてお金がとれないというも
のはなるべく早く処分する。つまりあきらめると
いうことです。損が発生しますが、資産が減るの
でこれも一つの選択肢です。また、記念配当など
の非経常的な配当の実施も考えられます。例えば、
創業20周年、30周年の時に配当を出したりすると、
会社の資産は減ります。
●継承のバトンが難しい理由
なぜ後継者へのバトンを渡すのが難しいのでしょ
うか。それは税金が掛かるからです。業績が悪い
から自社株は安いでは通りません。実際、たいて
い会社には上地や不動産があり、思いのほか値が
上がっているかもしれません。赤字操業していて
も、土地や預金、現金もあるかもしれません。こ
うしたものが、次の人にとって重い税金になって
くる可能性があります。
税金対策として、生前に渡すと重い贈与税が掛
かります。上場しているような大企業の株は、株
の取引所があるのでいつでも売れるし、いつでも
買えます。中小企業はそうはいきません。
売買しても、譲渡所得税がかかりますから買っ
てくれる人はなかなかいないのです。その中で買っ
てくれる人というのは、自分の会社です。経営者
の場合、自分で会社の意思決定ができる立場なの
で、株を自社に売却できる。これが自社株です。
しかし、会社に売ると、配当課税になります。
3つめに考えられるのが、死んでから渡すとい
うものです。 しかしやはり相続税が掛かります。
相続税は今年、大幅に上がりましたが、この遺産
分割でもめると、相続人同士で争う「争族」に
なってしまいます。
●円満な「爽族」で引き継ぐために
出来るだけ渡す時の税金を安くする方法を紹介
します。一つは、毎年少しずつ贈与します。この
方法は簡単ですが、時間がかかります。贈与税は
毎年110万円の非課税枠があります。これを活用
します。少しずつ渡すのであれば、無埋かありま
せん。ただし、毎年、ギリギリのところで決まっ
た額を贈与していると、税務署に指摘される可能
吽があるので、工夫が必要です。また、多少は贈
与税を払ってもよいのではないでしょうか。
2つ目は、贈与税の納税猶予制度を活用します。
これは、株の3分の2までの贈与税を猶予すると
いうものですが、払うのを延ばしてもいいですよ
ということなのです。先代が社長を辞めなければ
いけない、総議決権の50%超の株を補修している、
5年平均で雇用の8割以上を維持しないといけな
い、など様々な要件があります。また贈与税を払
うのを延ばしている内容なので、もしも数年で社
艮を辞めるとなると、その時点で贈与税を払わな
ければいけません。なお、この方法は手続きが煩
唯ですが、自分の会社にかなっていれば活用した
lうがいいと思います。
3つ目としては、相続時の精算課税の活用です。
事業継承に限らず、相続には、子を思う親の愛
が影響することがあります。相続を“争族”では
なく「爽族」にしたいと思っています。今年から
相続税が上がりましたが、相続税だけに目をくら
ませてはいけません。一番大事なのは、円満な遺
産分割です。税金を安くすることばかり考えてし
まうと円満な相続ができなくなります。
相続対策には3つのポイントがあります。最初
に考えるべきは、円満な遺産相続です。多少税金
を払ってもいいですから解決できれば問題ありま
せん。円満でなければお金では解決できないかも
しれないからです。次に、相続税資金の確保です。
生命保険で準備したり、土地があるならいつでも
売却できるようにしておくなどです。そして最後
に相続税の軽減です。考えるべき順番を間違えて
はいけません。お互いに関連している問題でもあ
ります。そして、10ヵ月以内に、誰が相続をする
のかを決めておかないと、また税金が掛かります。
なお、円満な相続実現のために、遺言書の準備
を勧めています。遺言書がないと、残された相続
人同士で話し合いをして分割しますから、大半は
うまくいかないものです。また、相続人が認知症
になってしまったり、反対に未成年ということも
あるかもしれません。あるいはグローバル化で相
続すべき夫婦が海外に移住していたりということ
もあります。海外の場合、相続問題には必ず裁判
所が関与してきます。こうした諸々の課題がある
ことを考えると、日本語でいいので必ず遺言書を
つくっておく必要があります。
きちんとした遺言書をつくっておけば特別代理
人などを選任しなくてすみます。遺言書は15歳か
らつくれます。法律で決められており、署名、日
付、印鑑が不可欠です。これは、日にちの特定、
記入した財産に漏れがないか、遺言書を作成した
人に作成能力があったのか、その後状況に変化は
ないかといったことも考慮します。また、遺言執
行者を定めておいたほうがよりスムーズに事が運
ぶでしょう。普段から準備しておくことで、継ぐ
人の負担を慧眼することが可能です。